Vol.67  ミチンとの青春#1~真夜中の碧い口づけ~    written by  ペグ葉山

ハタチ前の頃の忘れられない体験を。

当時、高校を卒業し、町の旋盤工場に就職をして、仕事が終われば仲間たちと夜通し車で

町を走り抜けていた青春時代。

その甘く、切ない記憶の中でも初めて付き合った小野美智代の事は今でも忘れられない。

そう、俺に初めて大人の世界を教えてくれた3つ上の女。


小野美智代と出会うまでは、車で遊ぶ事が唯一の俺の楽しみだった。

誰しもそうであるように、高校を卒業し、仕事をしていても、アフター5には家に帰ってそのまま飯を食べて

寝るなんてもったいない事は出来なかった頃。

それでも一度は家に帰り、着替えて、夜7時に町のファミレスに集合。

仲間達は高校からの連れ、仕事で仲良くなった先輩、友人の友人、その彼女や友達など、

いつしか俺達の遊び仲間は10人を超えていた。

平日であろうと毎晩、明け方近くまで車を飛ばして遊んだ。

ガソリン代と煙草代とファミレス代で毎月確実に足りない程の薄給にもかかわらず

どうしたものかそんな日々を続けていた。


ファミレスで皆でご飯を食べ、今夜のルートを決め、

何人かの女の子はばらけて男の車に乗る。

煙草と缶コーヒーをお供にドライビングナイトが始まる。


暴走行為をする訳ではないけど、6、7台の車がつるんで国道を走ると

俺達は走り屋チームのような気持ちだった。

酒を飲んで運転をする奴もいた。

彼女とイチャイチャしながらロクに前を見ずに運転してる奴もいた。

カーステレオからは大抵BOOWYか尾崎豊、浜田省吾のテープがかかっていた。

切れの良いビートが、若い心を余計に狂騒に駆り立てていた。


俺は彼女がいなかったけど、友人の彼女の友達がよくナビ席に乗ってくれてた。

その娘とは男女の関係にまではなりきれなかった。

阪田美夏という同級の女。みんなにはミカンって呼ばれてた。

顔も性格もどこか男っぽくて、妙に頼もしいやつだったこともあるせいか、

そいつとはどちらかというと男友達の感覚だった。

やけに俺に対してはっきりものを言ったり、

命令調になるのも俺は嫌いじゃなかった。

恋人じゃないけど、いつしかお互いの事がわかっている…そんな友情を感じていた。


ミカンは同じグループの「にっくん」が好きだったようだ。

「にっくん」は俺の職場の2コ上のちょっと怖い感じの新田先輩。でも後輩思いで皆に慕われている。

昔はそれこそ族の副長かなんかで、かなりケンカも強い。顔も今で言うところの「イケメン」で一番カッコイイ。

新田先輩以外はそこまで不良少年だった訳ではないので、

自然、彼はみんなのリーダー的な存在となっていた。

俺達と同級の女の子たちは先輩のことを「にっくん」って呼んでたけど、

後輩の俺達はとんでもない。「新田先輩」「新田さん」だった。


車の中ではミカンに、しょっちゅう新田先輩の情報を要求された。

その代わりに俺はミカンの友達を紹介してくれ、って頼んだりしてた。


ある時、ミカンが友達を夜遊びに誘ってくることになった。

兼ねてより俺が頼んでいた「紹介女子」だ。

俺はその代わりにその夜は新田先輩のナビ席にミカンを乗せてもらえるよう

セッティングしなければならなかった。

新田先輩は21歳で、彼女はもちろんいた。

でも彼女はこの集まりには来た事がなかった。

先輩がこの遊びと彼女との付き合いをきっちり区別していたから。


俺は浮気なんかしない。

それでも心配なら俺なんかと付き合うな。


それが新田先輩の恋愛のスタンスだった。

俺達皆がそんな先輩の恋愛模様に憧れていた。


とはいえ、ミカンを先輩のスカイラインのナビ席に乗せてもらうよう頼む時は結構気を使った。

アイツ先輩に気があるらしいから、みたいな事は絶対に言えないし、ミカンからもその事はNGだって言われてたから。

なんとか苦し紛れの言い訳で、先輩のナビ席に「ミカン積み込み」は受け入れられた。

そして俺はその夜、ミカンの友達を自分のナビ席に乗せることに成功した!


彼女の名前は小野美智代。

ミカンの職場の先輩で、俺の3つ上だった。

新田先輩よりも年上になる。

ミカンから前情報で聞いていた限りでは年上ってことで結構テンションは下がってたけど、

実際に初めて会ってみるとこれが意外に綺麗なお姉さんで

俺はすっかりしどろもどろになっていた。

やや痩せ形で、ニコルの白のジャケに黒のタイトスカート、肩からローズピンクと白のポシェットをかけた

その姿も俺らから見たらちょっとしたお姉さんだった。

さらっとしたストレートヘアに流行りの太目の眉、ややトーンを落とした紅い口紅も

都会的な印象を感じさせるアンテナの高そうなセンスだが、決して性格が悪いわけではなく、

むしろくりっとした目とあどけない口元はもの柔らかでちょっと臆病感すら演出していた。


ミカンは職場では彼女とはとても仲良しらしく、

先輩後輩という上下関係もほとんど見られないほどだった。

ミカンは彼女の事をミチンと呼び、ミカンはやはりミカンと呼ばれていた。

中学の頃からみんなにミカンと呼ばれ続け、その後、どこにいってもミカンと呼ばれていたらしい。


その夜、ミチン~小野美智代をナビシートに乗せ、レベッカをかけながら

緊張して俺はハンドルを握っていた。

俺の心が伝染したのか、ダークブルーのシルビアもこころなしかぎこちない走りだ。


何を話せばいいのかわからない。

胸はさっきからどきどきしている。

小野美智代も何も言わない。

レベッカの「ラズベリー・ドリーム」の冷たいピアノの旋律だけが二人を刻んでいく。


途中、皆で一息いれるために

街道沿いの自販機が集結しているポケット地点で停車する。

いつものブレイクポイントだ。


車を止めると、俺はこれまで一言も会話ができなかったことに結構気まずかったけど

「ここで、いつも皆でコーヒー飲むんだ」

と初めて彼女に話しかける。

彼女も気を取り直したように

「へえ~ そうなんだ… 何…飲もうか」

「俺はいつもジョージア缶かな。小野さんは?」

「ん~っと~」

とたくさんの自販機を前に迷っているミチンはさらに可愛く見えた。

「あそこ行ってみようよ、一番端の青い販売機」

「うん」


ふたりで端っこの販売機に並んで歩きはじめると、

先に自慢の愛車・イエローのサバンナRX7を停めて降りていた高校時代の連れの大宿がからかってきた。

「ペグやん、ええなぁ今日は美人連れでー」

ペグやんというのは当時の俺のあだ名だった。

「宿チンこの間彼女出来たって言ってたやん。連れて来んかったんか?」

「あれ彼女ちゃうわい。後輩がいっかい俺の車に乗りたかっただけやったんと」

「いやー怪しいなソレ。お前、あん時目の色違ってたがな」

「アホか。あん時は徹夜2連目やったんだで」

と、昔からの悪友とじゃれながらも、ミチンとぴったり並んで自販機の前に立つ俺は

何故か周りの視線に戸惑いながらも誇らしかった。


ミチンが聞いてくる。

「高松クン、なんでペグやんなの?」

「いや、それが俺にもわからんのよ。いつの間にかペグって呼ばれ始めて…

なんか昔の連れが家で飼ってた犬って話もあるんだけど」

「え~ それおかし~!!」

とけらけらと満面の笑顔で笑うミチンは余計に魅力的だった。

俺はこの時、胸に何か電気のようなものが奔ったのを覚えている。

そのまま凍りついてしまった。

あまりに笑いすぎてミチンはちょっと悪いと思ったのか

「あっ ゴメン、あんまり可笑しかったから、ゴメンね」

「あ、いや、そんな。全然ええよ。俺、ペグて慣れてるし」

「私もそう呼んでもいいの?」

「え」

俺はドキリとした。


ミチンもはっとなった感じで黙ってしまった。

俺は焦って、自販機を思い出し、

「ど、どのジュースにするのん?」

と慌ててポケットから財布を出した。

「あ、私が、私が出すよ」

とミチンも慌ててポシェットから財布を出した。

「い、いや、いいから」

とミチンを制し、俺は小銭を入れ始めた。

「あ、ありがと… じゃ…」

と、心もとない手つきで炭酸飲料のボタンを押した。

俺も続けて、何を押したのか覚えてないけど、

ジョージア缶とは明らかに違うジュースを出していた。


その後、皆でそこからのルートを話し合い、

再出発をすることになった。

ルートの事など俺はまるで頭に入ってなかった。

隣で話を聞いているミチンの事ばかり考えていた。


車に乗り込んでエンジンを始動させ、隣でシートベルトをセットするミチンの仕草を

横目で見ながら俺は明らかにいつものペースではないことに気がついていた。


道中、ミチンは色々と話しかけてくる。

そのひとつひとつにまともに答えられたのかどうか。

ミカンの話が多かったからなんとか返答はしていたと思うが。


山道に差し掛かり、先頭を走る新田先輩のスカイライン以降数台から結構離されてしまっている。

俺のシルビアとあと2台くらい、戦線離脱してしまった感じだ。


後半戦は結構これがよくある。


取り残された組はそのまま独自のルートをとって、

それぞれが自由行動→直帰していくパターンだ。


ミチンとの貴重な時間をより長引かせようと俺は

うねる山道を可能な限りのんびり走った。


他のおちこぼれ組にもとうに抜かれてしまっていた。


「はぐれちゃったね~」

とミチンが言う。

「ああ、アイツら車乗ると見境なくなるから」

「…ペグはそうならないの?」

とおそるおそるミチンは聞いてきた。

俺はさらに焦って

「あ、いや、お、俺は全然、その、、スピード出すの、そんなにす・好きじゃないし」

「…ゴメン、ペグって言われるのイヤ?」

「い、いいや、なんで?全然平気だよ」


ミチンは安心したように笑顔になって

「ミカンがいっつもペグって呼んでるから。私もそう呼びたいなって思って」

「お、おお。いいよ。呼んでよ」

俺は内心とても嬉しかった。

ペグっていう名前が好きな訳じゃなかったけど

ミチンが俺の事をそう呼んでくれることで今夜一気に彼女との距離が近くなった気がした。

俺は完全にミチンに惚れてしまっていた。

ミチンが「ペグ」って呼んでくれるのがたまらなく嬉しかった。


「あ、私のことも…」


「え?なに?」


「ミチン…でいいから。。」


恥ずかしそうに下を向きながらそう小さな声で呟いたミチンは

年上なのにたまらないほど愛おしかった。

この気持ちを彼女にぶつけたかった。

そのまま、彼女を抱き締めたかった。

でも今はそれは出来ない。


焦るな。

もしかしたら俺の一人相撲かもしれないじゃないか。

前にもそれで何回か辛い経験をしているじゃないか。


「あ、ああ。じゃ、ミチン。ミチン。みちん?…」


と何度も繰り返している俺にミチンは

「あはははっ 1回でいいよぉ~」

と俺の肩に手を乗せ笑いこけている。

とても可愛い。


その事が俺達の緊張を解きほぐすきっかけとなり、

ずいぶんとリラックスしてドライブが進んだ。

お互いの家族のことや高校時代のこと、小さい時のことなどとりとめもなく俺達は車内で話し続けた。


途中、山腹の休憩コーナーで車を停め、

またブレイクタイムをとることにした。

例によって休憩コーナーには自販機が並んでいる。

今度はお互いにいつも飲むものを冷静に買う事ができた。

ミチンがおごってくれた。


自販機横のベンチに二人並んで腰掛け、

俺は煙草を吸いながらジョージア缶を、ミチンはバヤリースオレンジを片手に

さらに色々な話をした。

そのうちミチンの失恋話になった。

昨年の秋に別れたらしい。

相手は中学時代の同級生だったらしい。

高校卒業後にたまたま合コンで出会い、それがきっかけで付き合うようになったとか。

別れた原因は彼氏の浮気だったようだ。

でもミチンはその彼氏ばかりを責める話し方をしなかった。

きっと自分にも悪いところがあったんだろうから、と

今ではふっ切れているというような表情でそう言ったミチンは少し無理していて、

どこか寂しそうでもあった。

俺は黙って彼女の話を聞いた。


一通り話して「ごめんね、、自分の事ばかりで…」と彼女は陽気にそう言った。


俺は彼女に何も言ってやれなかったし、

その代わりに抱きしめてやりたかったけど、

それすら出来ずに自分なりに苦しんでいた。


やっとの思いで

「うん…ミチンも大変だったんだな…」

とそれだけ呟いた。


ミチンは何も言わず、少しうつむいていた。

俺もそれ以上は何も言葉が無かった。


数瞬の沈黙はミチンの嗚咽で破られた。


まるでこれまで、誰にも話した事がないような苦しみを

やっと解放できた安堵に、感情がセキをきったようだった。


うわぁぁぁぁぁぁっ


と俺の腹に泣き崩れてくるミチン。

俺はちょっとびっくりして彼女を支えた。

彼女は子供のように泣きじゃくる。

少しだけ震える右手で彼女の頭を優しく撫でてやった。

柔らかなストレートの髪、清潔な汗の香り。

夏がすぐそこまで来ていることがハッキリと感じられる夜の独特の匂い。

ミチンは泣きながら、もはや俺にしがみついている。


俺はいつしか、ミチンの上体を両手で起こしてやる。

ミチンの顔が俺の数センチ前まで来る。

俺はミチンの涙で光る目をまともに見たその瞬間から、自分の行動のスイッチのありかを完全に失っていた。

気がつくと、俺はミチンの柔らかな唇を吸い続けていた。

ミチンも俺の首に両手をまわし、きつく、二度と離さぬように

俺の唇を吸い続けていた。

二人の唇の間からはいつしか舌が行き交い、

強く熱いディープキスが長い間交わされる。


初めての女性とのキスに、俺は意識がほとんど飛びそうになっていた。

誰もいない自販機の灯りに照らされた静かなベンチで、

夏の夜を待ちきれない2羽の蛾がきつく抱き合っていた。


天に煌めくあまたの銀粒子たちは、この山中で明滅する薔薇色の石英灯に気づいていただろうか。



【続く】
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